2006年09月30日

杉並東倫理法人会の経営者モーニングセミナーに行ってきました。

法人会の相談役の八橋 力さんに誘われて,お邪魔しました。
八橋さんから,21日の戦略法務研究会でご挨拶したときに,この会を教えていただきました。
300回記念と言うことで人も集まるので「どうぞ朗読劇のチラシをお持ち下さい」ということでした。

それからお手紙も電話も頂き,「朝食会には70名以上が参加するので,チラシはそのぐらいお持ち下さい」とアドバイスもいただきました。

これほど言われて行かない訳にはいかなくなりました。本当に頭が下がる思いでした。
朝4時に起きて,5時前に家を出ると,阿佐ヶ谷には6時過ぎにつきました。会場の新東京会館はもうすでにすごい熱気。

私もいちかわグリーンネットワークのイベントのPRで各地のモーニングセミナーにお邪魔しましたが,杉並東倫理法人会がまた格別の盛り上がりがありました。
講師はイカリ消毒(株)の黒沢真次社長。
この法人会の初代会長も勤めていた方です。

テーマは「徳育人生」

黒沢さんはお父さんの代で創業してまもなく,大変な火災を起こしたとのこと。
昭和38年の戦後最大のビル火災の当事者が黒沢さんの会社でした。
アルバイトの不注意から引火性の殺虫剤にタバコの火が移り,近くにシンナーもあったので,あっと言う間に燃え広がったそうです。
場所は池袋の西武百貨店。
デパートの7,8階に延焼しましたが,梯子車は7階までしか届きません。
結局,夜10時まで燃え続けました。
2フロアを焼き,死者7人。140人の重軽傷者を出す大惨事になりました。

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当時,池袋西武の店長は堤清二氏。
「死んでお詫びするしかない」と謝罪し続ける黒沢さんに堤さんは「起きてしまったことはしょうがないのだから。君たちはまだ若い。二度と事故を起こさないように頑張って再起して下さい」と励ましてくれました。
その後,事故の事情聴取で呼ばれた消防署で,実は,この仕事には「危険物取り扱い主任者」という資格が必要なことが分かったことが黒沢さんの資格とりの情熱に変わっていきました。

現在,詩吟から自家用飛行機の操縦士,英検2級,ファイナンシャルプランナーなど,82個の国家・民間資格を取得。
年間受注1万5000社までに拡大した社業の従業員のひとり平均の取得資格も7つを数えるようになりました。
「さまざまな資格をもつ人たちがディスカッションをすると,発想がバラエティーなので素晴らしいアイデアが生まれるんだ」そうです。
実にユニークな経営ですね。

黒沢さんの発想の原点はポジティブ。何ごとも前向きに考え,心の経営をめざします。地球環境第一人者のレスター・ブラウン博士を顧問に迎えた環境運動にも熱心です。そして教えられたのは夫婦円満の秘けつ。(1)受け入れ合いから始まり,忘れ合いまでの(51)カ条。

会場には奥様も来ていらっしゃいましたが,とても素敵な方でした。

モーニングセミナーが終わり,朝食の時間。そのときに,朗読劇のPRの時間もとってもらいました。約80人が会場にいたでしょうか?
前もって配ったチラシをもとにPRを行い,チケットも5枚買っていただきました。

素晴らしかった倫理法人会。
杉並東倫理法人会の幹事の皆さん,八橋相談役。
ありがとうございました!

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posted by 行徳のマグマ大使。 at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | セミナーなどのイベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月12日

シンポジウム「平和憲法をどう守り活かすか」に参加してきました。

8月12日(土)に千葉市文化センターの3Fホールで行われた,シンポジウム「平和憲法をどう守り活かすか」に参加してきました。

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都合で前半のシンポジウムしか出れませんでしたが,とても大きな気づきをもらいました。
パネリストは渥美雅子、加藤登紀子、きくちゆみ、小林正弥、高橋春雄。
司会者はきくちゆみさん。
彼女の的を得た司会でとても面白いシンポジウムになったと思います。

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憲法9条を守るということは当たり前すぎて,かえって「憲法改正が行われた場合の状況」について想像力が停止しまいがちです。
今回のシンポジウムでは,そうなった場合の恐い具体像を描くことができたような気がします。
私のように,どちらかというと,政治的な問題よりは,フェアトレードなど途上国支援に興味をもっている人間にとって,「平和憲法をどう守り活かすか」というテーマは普段の活動の中でなかなか第1義に上がって来ないのですが,皆さんの話,とくに海外経験豊かな加藤登紀子さんの話を聞いて,この問題が途上国支援にも大きく関わる問題だと改めて気づかせてくれました。

『日本は一時期エコノミックアニマルとまで言われて,経済で世界に伍していくようになったが,世界の隅々に行って,現地のために働いている日本人,特に若い人が多かったし,今も多い』

そうそう。東南アジアでも,現地の人と日本のフェアトレード団体とつなぎ役をしているNGOなどに多くの日本の若者が行っているのです。

『世界の中の日本の位置というのは日本人が考えているほど小さくはない。
紛争が続いていたカンボジアにもJVCという日本のNGOが支援に行って,井戸を掘っている。郵便貯金で病院をつくっている』

JVCは日本国際ボランティアセンター(http://www.ngo-jvc.net/index.html)のことです。
JVCのHPによると,JVCは、環境保全と自給を基本にした「農村開発」「緊急救援」「平和活動」「市民のネットワークづくり」などさまざな活動を展開しているNGOです。

『外国のNGOが支援をするとき、人々は依存心を抱きがち。JVCは常にそのことに注意を払い、人々の自主・自立を促しています』

『日本の先進技術は持ちこみません。村にある資源や伝統的な知恵を使って、生活改善していきます。
つまり,お金やモノをあげるのではなく、村人が力を発揮し問題を解決できるよう、トレーニングなどのチャンスを提供します』

つまり,現地の人々とパートナーとして活動するNGOと言えるでしょう。

そのような活動に参加してる若者も多いのです。

『ブラジルでも半分騙されて入植した日本人が荒れた土地を開墾して,農業を起こした。
今でもブラジルで豊かな土地は日本人がつくったところだ。日本人が入植しなかった土地は農地になっていない』

太平洋戦争が始まり,日本とアメリカが戦争するようになると,親米国家であるブラジルは,日本人がやっと開墾した農地を没収しました。小作人契約を破棄された日本人もいました。彼等は何も悪くないのです。
でも,日本という国家が戦争を起こして,日本に属する国民も敵になったのです。
つまり,戦争を起こすと海外で現地のために働いている日本人にも大きな影響を与えるのです。
そうなんです。
「平和憲法を守ることが海外で活躍する日本人を守ることにもつながる」。

きくちゆみさんが言いました。
「戦後になって戦争をしていない国が10カ国ある。スイスや北欧諸国やブータン,そして日本。同盟国のアメリカは戦後すでに100回以上戦争している。もし平和憲法じゃなかったら,9条がなかったら,日本は当然戦争に巻き込まれていたでしょう」

そう聞いて,背中が寒くなった。もし日本が戦争に巻き込まれていたら,今,途上国支援で働いている若者たちはみんな徴兵されて,そのような国で逆に人を殺していたかも知れないのです。
これはとても恐い話です。
それが分かった瞬間,涙が出てきました。
平和憲法を守るのは決して一部の政治的な問題ではなく,世界と世界で働く日本人にとってとても重要なことなんだと改めて感じ入ったのです。

加藤登紀子さんは続けました。
「日本人には百姓の血が流れている。百姓というのは百のことをやる意味だ。私は今のフリータ−を百姓と呼びたい。彼等はNGOなど相応しい団体との出会いがあると実力を発揮してくれる。
青年海外協力隊って知っていますよね。
彼等は必ず現地の人と同じレベルで生活をする。社会人なら月50万もらっていた人も月5万にさがる。それでも使い切ることはない。
お金ってなんでしょう。そろそろGNP神話をやめませんか?
GNPを標榜していると略奪するだけ。決していいことはない。

人間としてこれからをどう生きるかの問題だ

海外で現地の人を支えていたり,海外にすっ飛んで行った青年たちを支えられる大人であるかどうかが問われている」

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素晴らしいメッセージでした!
感動しました!
僕たち大人の役割は海外で活躍する日本の若者を,日本というフィールドで支えることなのです。平和憲法を守ることは彼等を守ることです。
かつて特攻隊で若者は,日本の自然と父母を守るために,南の空に散っていきました。
今の時代は僕ら大人が,南の国で活動する若者を守るために,日本で生まれた世界に誇れる平和憲法を守る必要があるのです。

さらに,千葉大教授である小林正弥さんの「内的平和と外的平和」という言葉はとても響きました。
若者がとっときやすいスピリチャリティーも視野に入れた,公共哲学というものにとても興味が湧きました。

「平和憲法をどう守り活かすか」という問題は決して狭い問題ではなく,実に広く奥行きをもった問題であると分かりました。
「理想を守ることは現実的だ」という逆説的な主張もこの日に相応しいメッセージでした。

皆さん,ありがとうございました。

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2006年08月06日

朗読劇「この子たちの夏」を観てきました。

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8月3日の夕方,地元行徳文化ホールで行われた朗読劇「この子たちの夏」を観てきました。

この朗読劇は「あの日」の記憶を語り継いでいます。
あの日,それは,1945年 8月6日 広島、そして8月9日 長崎です。
この「この子たちの夏」はちょうど被爆40年にあたる,1985年にはじめられました。
あれから21年。
語り継いだ「あの日」の記憶は,この日の行徳につながりました。

6人の女優が、被爆した親子の手記を読むという実にシンプルな舞台です。
被爆した母たちを中心にして、多岐にわたる手記・記録・詩歌の中から、
演出家・木村光一が構成・演出した脚本を6人の女優たちが朗読します。
舞台には特別なセットは何もありません。
背景に映像が投射され、音楽と効果音,それと照明で、朗読劇が展開されます。

舞台で代わる代わる静かに読まれる被爆した親子の手記は,初演当初から大きな反響を呼びました。
幼くして被爆して死んでいった子供達の無念さと,子を思う親の一途なせつなさが涙を誘います。
生き残って原爆症に悩む子供たちもまた地獄でした。
青春を生き地獄として生きた子どもの遺稿は,聴く人の涙腺を思いきり刺激します。

上演を行うのは地人会。
6人の女優とともに、毎年夏になると全国を巡演しています。
その数は,去年の8月で全国373市区町村。
ステージ数も719回を数えました。
「この子たちの夏」を上演したいと思う全国の人々の熱意の賜物です。
行徳にこの朗読劇を持ってきてくれたのは市川おやこ劇場というNPO法人でした。


『広島と長崎への原爆投下という出来事が、海外では“ヒロシマ・ナガサキ”として平和運動の象徴とされている一方、国内では逆に、被爆体験は単なる歴史上の一事件であると見なし、不運な過去の記憶として忘れ去ろうという風潮があります。
しかし、戦争による唯一の被爆体験を持つ私たちが、この記憶を礎(いしずえ)としなければ、あの出来事に一体何の意味があるでしょうか?

あの出来事の中で浮かび上がってくるのは、被爆者の悲惨だけではありません。
母なるものの情愛の深さ、子供たちの未来と平和への願いと祈り――
「生き抜く強さ」に代えてゆくべき凛とした思い、
そういう気持ちで胸が満たされるのを、きっと感じることでしょう。』
(地人会HPより)

奇しくも今日は,広島原爆の日。
61回目の夏のこの日,もう一度,あの日を思い起こして,今の私たちの原点を見つめたいと思います。


◎朗読劇 『この子たちの夏 1945・ヒロシマ ナガサキ』 
http://www1.biz.biglobe.ne.jp/~CJK/konoko/konoko_fs.htm

◎NPO法人 市川おやこ劇場
http://gekijyo.blog48.fc2.com/

◎写真出典
http://www.p-rg.com/wind/tedium01.html
posted by 行徳のマグマ大使。 at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | セミナーなどのイベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月25日

講演会「循環型社会に戦争はいらない」に行ってきました!

表参道にある環境パートナーシップオフィスで行われた講演会「循環型社会に戦争はいらない」に行ってきました。

出演者は中谷孝さん(86歳),浅井久仁臣さん(59歳),神直子(28歳)。

中谷.jpg

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神さん.jpg


中谷さんはこれがはじめての講演会でもあり,伝えることが溢れているのか,スタッフからストップがかかるほど話をしてくれました。
一番印象に残ったのは,戦争中,中国大陸で起こった大事件,南京大虐殺でした。中国国内を進撃し,南京に入った日本軍には,12万人の捕虜を捕らえていました。
日本軍は収容施設をもっていませんでした。
食費などの経費もかかります。
処遇に困った日本軍は,どうしたのでしょう?

なんと3日後には12万の捕虜が消えていました。

逆に日本人が中国で捕虜になったときにはちゃんとした収容施設に入れられて人間らしく扱われたとのことです。

中谷さんは明治時代からの年表もつくってきてくれました。
1.日清戦争(明治27〜28年)
2.北清事変(明治28〜34年)
3.日露戦争(明治37〜38年)
−−−−−−
こうしてみると,明治になって新しい国家になってから,日本は戦争ばかりしているのです。

マヤ暦では,137年(つまり5万日)が一つの区切りになるという周期があるそうですが,今から137年前というと,なんと明治維新。
2006年は明治元年と符合するのです。
しかしこのままではまた,戦争だけの137年になってしまう!

今日の講演会「循環型社会に戦争はいらない」にしても,私たちの計画している朗読劇「月光の夏」も,憲法九条を守ろうという運動も,このような時代の動きに呼応したものかも知れません。

86歳の中谷孝さんが立ち上がったのも,ご本人がそんな時代の要請を感じたのでしょう。
そんな感想を持ちました。

ところで,講演会が終わって,引き続きその場所で懇親会がありました。


懇親会.jpg

神さんは私を紹介してくれて,我々のイベント「ピアノソナタ月光による朗読劇「月光の夏」のPRをさせてくれました。

神さん,本当にありがとうございました!
posted by 行徳のマグマ大使。 at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | セミナーなどのイベント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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